2004年 08月 20日

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2004年 08月 20日
地勢 国土面積:23.7万平方km(日本の約63%) 人口:約570万人(日本の約4.5%) 人口の都市集中率: ラオス 23.8% 日 本 78.1% 14歳以下の人口比: ラオス 45% 日 本 16% 60歳以上の人口比: ラオス 5.2% 日 本 20.9% 出生率(1,000人当り): ラオス 36.5人 日 本 9.5人 死亡率(1,000人当り): ラオス 13.1人 日 本 7.7人 乳児死亡率(乳児1,000人当り): ラオス 91.0人 日 本 3.4人 平均寿命(男/女): ラオス 53.0/55.0歳 日 本 77.6/84.6歳 経済 国民1人当り名目GNP: ラオス 290ドル 日 本 36,156ドル 国民1人当り購買力平価: ラオス 1,430ドル 日 本 25,170ドル 国民1人当り最終消費支出: ラオス 140ドル 日 本 24,670ドル 1日当り摂取カロリー: ラオス 2,175kcal 日 本 2,874kcal 交通 道路舗装率: ラオス 14% 日 本 73% 自動車1台当り人口: ラオス 242人 日 本 1.8人 通信 テレビ普及率(1,000人当り): ラオス 10台 日 本 719台 電話普及率(1,000人当り): ラオス 6.4台 日 本 558台 携帯電話普及率(1,000人当り): ラオス 1.7台 日 本 449台 PC普及率(1,000人当り): ラオス 2.3台 日 本 287台 インターネット加入者数: ラオス 2,000人 日 本 2706万人 医療 医師1人当り人口: ラオス 1,603人 日 本 525人 医療施設数: ラオス 25 日 本 9,266 教育 識字率: ラオス 61.8% 日 本 100.0% 小学校進学率: ラオス 71% 日 本 100% 出典:Britanica International Yearbook 2002
2004年 08月 20日
Canon EOS-1 Canon EOS-1N Canon EOS-100 Nikon FM10 Nikonos ⅣA Bronica ETRSi Fuji GA 645Zi Canon IXY Lenses: Canon EF 35-350mm USM/f3.5-5.6 Canon EF28-135mm IS USM/f3.5-5.6 IS Canon EF 75-300mm IS/f4-5.6 IS Cosina 19-35mm/f3.5-4.5 Nikkor AF50mm/f1.8 Sigma 28mm/f1.8 Nikkor 35mm/f2.5 Fujinon 55-90mm/f4.6-6.9 Bronica 45-90mm/f4-5.6 Bronica 100-220mm/f4.8 Strobe lights: Canon Speedlite 550EX Sunpack Powerzoom 4000AF Other equipments Attachments: Kenko Teleplus 2X C-AF1 Canon Extension Tube 12mm, 25mm Bronica Closeup Lens No.1 Kenko CPL filter W Bronica CPL filter Tripod: Belbon Field Ace Belbon Calmagne 630 Films: Fujifilm Provia (RDPⅡ) Fujifilm Provia F (RDPⅢ) Fujifilm Provia F400 (RHPⅢ) Fujifilm RMS Kodak Ektacrome 100Pro Scanner: Epson GT7600S PC: IBM Aptiva 46J
2004年 08月 20日
1998年に初めてラオスを訪れた。埼玉ラオス友好協会というNGOが小学校を建てることを計画し、現地視察団を派遣した際に写真係として同行したのだ。わずか3日間の、大変多忙なビエンチャン滞在だったが、わずかな時間を見つけて市内を流れるメコンの河畔を訪れた。もう日も暮れようとする時間だった。対岸のタイに真っ赤な夕日が沈む。オレンジ色に川面が光り、漁師の舟が家路を急ぐ。この光景が瞼に焼き付いて、結局その後、合計8回の渡航、延べ日数で8ヶ月近くをラオスで過ごすことになったのだった。
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2004年 08月 20日
クメール王朝時代に築かれた寺院の遺跡、ワット・プーに向かうにはメコンを渡らなければならない。2001年、パクセに橋が完成したが、それ以前は渡し舟、車はフェリーを用いた。ここはパクセから南に150キロほど下ったムアン村。対岸の古都チャンパサックに渡るフェリーの乗り場がある。フェリーといっても川舟2艘に板を渡しただけのイカダの親戚程度のものだから、沈みはしないかとはらはらする。バスぐらいの大きい車になると、多少ましなフェリーが対岸から迎えに来るが、これとても艀(はしけ)の親分ぐらいのしろものなのだ。岸辺の待合小屋の竹編みの床に座って、真っ赤に熟れた西瓜にかぶりついていると、時折、涼しい風が川面を渡る。対岸では若いおにいちゃんたちが迎えの舟を出そうと忙しく働いている。そんなに急がなくてもいいよ。
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2004年 08月 20日
世界12位の長さを誇るメコン川は、そのほぼ3分の1がラオス国内を流れ下る。ラオスでの全長は約1,600キロに達する。この間に橋は只一つしかなく、対岸との交通は船が頼りだ。
サバナケットに小型機で飛んだ。眼下にメコンを渡るフェリーが見える。艀(はしけ)に毛が生えたほどの板張りの甲板に車が満載され、止まっているかと思われるほどのゆっくりしたスピードで対岸を目指している。乾季のメコンは水位が下がり、あちこちに中州が顔を出している。 ![]()
2004年 08月 20日
ムアン村と対岸のチャンパサックを結ぶフェリーで最大のものがこれだ。なんと、トラックを乗せても沈まないのである。ただ、両岸の船着き場には桟橋などという洒落たものはないから、こういう大きな車両だと乗せたり降ろしたりするのに結構な手間がかかる。就航している大型船はこの1艘だけなので、場合によっては待ち時間が3時間ばかりに及ぶこともある。したがって、運が悪いとバスで朝パクセを発っても、ワット・プー到着は夕方近くなることも覚悟しなければならない。
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2004年 08月 20日
サバナケットは南部の中心都市で、日本で言えば大阪である。ここではメコンの対岸はまだラオスなので、川を渡る往来はとても活発だ。なにしろ橋もなく迂回経路もないから、市内から出ている渡し舟やフェリーは終日満員で、夕方も完全に陽が沈むまで営業している。この時間帯は、市内に商売に出てきた人々が家路につく頃で、渡し舟がほとんど10分おきぐらいに出発していく。中州を回りこむあたりが絵になると聞いてきたのだが、岸辺はうっそうとした藪で、コブラを警戒しながらの撮影だった。
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2004年 08月 20日
ルアンプラバンからボートに乗って20キロほどを1時間余りかけて遡ると、タムティンの洞窟(パクオウとも言う)という観光地がある。川岸の崖に口をあけた洞窟の内部に、大昔から地元の漁師たちが水難祈願のために仏像を安置した聖地だ。大小様々な仏像が何千体も洞窟一杯に並べられていて、見るものを圧倒する。
![]() ここはその対岸の村である。前年まではボートで渡してもらわなければアクセスできなかったのだが、国道からの5キロほどの道が広げられたので車で直接入れるようになった。お陰で観光客が訪れるようになり、村も多少は潤いつつある。岸辺にはビールと焼き鳥程度の簡単な屋台が2、3軒でき、時々外国人も寄ってくれる。村の子供たちはよそ者の目など気にはしない。素っ裸で遊んでいる。
2004年 08月 20日
南部の都市パクセの市内で、ボーラベン高原から流れ下るセドン川がメコンに合流する。高原から下ってきたセドンの流れは冷たいので、乾季の早朝、時に川霧を立ち込めさせることがある。たった一度だけ、太陽が昇ってくる直前の一瞬に、すばらしい川霧の風景を見たことがあって、それ以来、パクセに来る度にその光景を期待するようになった。しかし、そうは問屋が卸さないもので、二度とお目にかかったことはない。この日もまだ暗いうちに起き出してカメラを構えていたのだが、空振りだった。しかし、ボーラベン高原の向こうに朝の光が差しはじめると、澄んだ空が紫色から橙色、赤、ピンクと色合いを変え、そのグラデーションを眺めているだけで早起きが報われた気持ちになる。セドン川の川面には、もう漁師が出て漁を始めている。
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2004年 08月 20日
ルアンプラバンの上流30キロぐらいの小さな村に、青年協力隊員のT君を訪ねた。農業学校で果樹栽培を教えている青年だ。電気も水道もない原始生活だが、若者たちに囲まれて楽しく暮らしていた。
その彼が、メコンで一番夕陽が美しいところ、と言って連れて行ってくれたのがここだ。乾季も終わろうかという4月の後半、夕陽がまっすぐ川面に沈むのだ。画面では画質が劣化しているので確認しずらいが、沈む太陽の右下あたりにある岩のようなものが灯台、川面にところどころ黒い点のように見えるのは漁船である。川の大きさがこれで分かる。何度もラオスを旅していて、いろんなところでメコンの夕陽を見たが、T君の言う通りここの夕陽は圧巻だった。2台のカメラをセットして夢中で撮影した。写真家という商売では、鳥肌が立つほど興奮する景色に出会うことがままあるが、この時も余りの神々しさに自分の心臓の鼓動が聞こえるほどであった。 ![]()
2004年 08月 20日
ビエンチャンのメコン河畔には、夕方になると屋台のレストランやジューススタンドが軒を並べる。首都とは言え歓楽施設など何もない街だから、河原での夕涼みが市民の楽しみなのだ。外国人旅行者も有名な「メコンの夕陽」を拝みにぞろぞろと集まってくるので、どこの屋台も満席になる。冷えたビアラオ(ラオスビール)も捨てがたいが、ここでのお勧めはフルーツシェイクだ。何種類ものトロピカルフルーツから好きなものをいくつか選んで、氷と一緒にミキサーにかけてもらう。何杯もお替りしたくなるほどうまい。タイでは氷はご法度だが、ラオスではどんな田舎でも大丈夫だ。ただ、どういうわけか、フルーツシェイクはこことルアンプラバンにしかない。ミキサーがないのかなあ。
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2004年 08月 20日
乾季には大きな中州が出現するビエンチャン市内のメコン川だが、雨季には3メートルほども増水するので中洲が水没してしまい、対岸のタイまで遮るものはなくなる。雨季にしては珍しく午後から晴れて、この日は綺麗な夕焼けに恵まれた。泥色の川面も夕陽を映してピンクに染まり、なかなかの見ものだ。見慣れたメコンだが、こういう日は市民も河畔に集まってくる。毎日毎日が雨と泥の中の生活だから、旅行者でなくともこういう機会は逃したくないのだ。
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2004年 08月 20日
メコン川に生息する河イルカを見に行った。ラオスの南端にある景勝地、シーパンドン(4,000の島)で最大の島コーン島が拠点だ。すぐ下流にはアジア最大の滝であるコーンパペーンの滝がある。そちらの方は有名な観光地だから外国人の姿も多いが、ここにはときたま物好きな旅行者が訪れるだけで、村人たちの静かな普段の生活がゆったりと営まれている。
島々の間を縫うようにしてメコンの清流が流れる。人々の足はボートだけなので、用事があるとお坊さんもみずから舵を握り、こうして移動する。甲高いエンジンの音があたりを満たす。それもすぐに鬱蒼と茂る緑の中に吸い込まれ、静寂があたりを包む。 ![]()
2004年 08月 20日
ビエンチャン市内を流れるメコン川には、乾季になると大きな中州が姿を現し、水深も浅くなる。もう日も暮れようとするのに、この漁師たちはまだ働いている。夜の間に魚が掛かるように網を仕掛けているのだ。大した魚が捕れるわけではない。鮒ぐらいの大きさの魚が中心だが、運がよければ30センチぐらいの草魚がかかることもある。このぐらいになると1匹8,000キップから1万キップ(約150円)で売れるから、結構な稼ぎなのだ。何事にも資源不足のラオスでは、魚網といっても子供だましの簡単なものしかなく、漁の効率は決して良くない。しかし、メコンの水産資源が枯れることなく人々の糧となっているのは、一網打尽の効率性が得られないからこそと言えなくもない。
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2004年 08月 20日
このおじさん、実はルアンプラバン市教育委員会の部長さんで、えらーい人なのだ。1年ほど前に、東京のある団体が学校を寄付しようという話になって、頼まれたボクが下見に来たとき、3日ほど山奥の村々を一緒に回ってくれた人である。朝食前に河畔を散歩していたら、この人がボートをドラム缶の上に引っ張り上げていたので手伝ってあげた。一日の仕事が終わって夕方散歩に出てみたら、まだ頑張っている。今日は1日、ボートのペンキ塗りなのだった。ラオスでは高級官僚といえども空き地を耕し、川で魚を捕らないと家族を養っていかれない。やっと手に入れた中古のボートがとても大切なのだった。
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2004年 08月 20日
4月のラオス正月の前後、もうそろそろ乾季も終わりに近づくこの頃は、北部山岳地帯は終日煙が立ち込める季節である。焼畑のための山焼きがそこら中で行なわれるからだ。煙のお陰でフィルムに写った風景は夕焼けの時間帯のようにセピア色に染まる。半月もすると半年間の休養を終えたビッグボートも出番となる。本来ならルアンプラバンの舟溜りも忙しく行き来する人々で賑わうころなのだが、正月のお祝いが昨日まで続いたので、みんな疲れ果てて寝ているようだ。閑散とした舟溜りというのも風情があって悪くない。
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2004年 08月 20日
メコンと言えば「夕陽」が定番で、いついかなる場所でも心に残る光景を目にすることができる。まだ日没まではしばらく時間があるので、太陽の光が強く水面に反射して、渡し舟のシルエットを包んでいる。肉眼ではまだ昼間の光景だが、色温度の関係でフィルム上ではこのようにピンクがかった色合いになる。まだまだ暑い。河畔にはだれもいない。
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2004年 08月 20日
ラオス国内を流れるメコンの1,600キロは、そのほとんどが重要な運輸ルートとなっていて、貨物から乗客まであらゆるものを運ぶ。国の経済の大動脈なのだ。ビッグボートと呼ばれる貨物船は、ここルアンプラバンあたりでは中国雲南省との貿易が主な役割で、雨季の増水期には多忙を極める。しかし、減水期になると手足をもがれたも同然、ただ浮いているだけの住居である。船員たちはこの期間、時に小舟で漁をするぐらいしか仕事がない。乾季の漁だから生計の足しになるほどの稼ぎがあるわけではなく、まあ、暇つぶしみたいな感覚だ。本職の渡し舟の目をかすめて、観光客相手のもぐり商売をする者もいる。安いのでボクは好きだ。
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